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MUSIC LAND -私の庭の花たち-

MUSIC LAND -私の庭の花たち-

「メビウスの輪」20


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目の前に信吾が居る。

どうしたのだろう。

ここは、どこ?

見渡すと懐かしい祖父の別荘だ。

子供の頃に来たことはあるが、

久しく訪れたことはなかった。

なぜこんなところに居るのか?

信吾まで・・・。

「目が覚めたのですね。」

信吾がやけに他人行儀な話し方をする。

また私は別人格になっていたのだろうか?

「私は幸恵よ。」

「やっぱりそうか。」

落胆とも思える声のトーン。

私より、他の人の方がいいというの?

「悪かったわね。」

つい意地になってしまった。

「悪くはないさ。」

信吾も素っ気無い。

「なぜ私はここに居るの?」

「君がここに連れてきたのさ。」

吐き出すように言う。

「誰?」

「白鳥優美。」

知らない名前。それがもう一人の私?

「その人がなぜ?」

「自分の祖父の別荘だと言ってたよ。」

私でさえ忘れかけていた別荘なのに、

なぜ彼女は知ってるのだろう。

信吾と来た思い出の印象が強くて、忘れていたのだ。

いや、もしかしたら思い出したくない記憶があるのだろうか。

黙り込んでしまった私を見捨てるように、

信吾は背を向けて歩き出した。

「どこへ行くの?」

「うちへ帰るのさ。」

「やけに冷たいじゃない。」

「君が一人にしてくれと言ったんだろう。」

信吾も意地になってるのか。

私まで移ってしまう。

「そうよ。一人で大丈夫だから、

帰っていいよ・・・」

突き放すように言ったつもりが、

なぜか、最後は涙声になってしまった。

「幸恵?」

信吾が驚いて振り向いた。

「どうしたんだ?」

居たたまれずにしゃがみこむ。

自分でもよく分からない。

もう一人で立ってられないのだ。

「ごめんよ。」

信吾が駆け寄り、支えてくれた。

「信吾の意地悪・・・。」

泣き声になってしまった。

一人で頑張るつもりだったのに、

やはり信吾に甘えてしまう。

「悪かった。一緒に帰ろう。」

抱き起こされて、立ち上がった。

「私はどうしてたの?」

「浜辺に居たのさ。

俺が恋人を探し疲れてると言ったら、

ここで休んでから探すといいと言ってくれたんだ。」

まるで、いとおしむように信吾が話すから、

思わず焼餅を焼いてしまった。

もう一人の自分のことなのに。

「そうなの。優美も信吾が好きなのね。」

「そんなはずはないよ!」

何もそんなに焦ることはないじゃない。

その態度から、ますます信吾が

優美に好意を持ってることが分かる。

「いいじゃない。どっちも私なんだから。」

冷たく言い捨てた。

なんでこうなってしまうのだろう。

ますます優美に傾くよね。

「幸恵、大丈夫か?」

心配してくれてるのに意地になり、

そのくせ甘えたいのだ。

「ごめんね。平気だよ。」

そう言いながら、元気の無い声になってしまった。

「疲れてるんだよ。早く帰ろう。」

「そうだね。」

信吾に寄りかかって眠りたい。

そんな気持ちになってしまう。

信吾が携帯で車を呼ぶ。

その動作を見ていたら、

何か思い出せそうな気がした。

でも、頭が痛くて思い出せない。

思い出したくもない。

車が別荘に横付けされ、

二人で乗り込もうとした。

もうすっかり暗くなっている。

見上げると月が輝いていた。

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ふと母に抱かれて月を見たのを思い出した。

そんな幸せなときが私にもあったのだ。

この別荘での出来事だったのだろうか?

子供の頃の記憶はあまりないのだ。

嫌なことは封じ込めてきたからかもしれない。

でも、いいことまで忘れるのも哀しい。

月を見上げ、なかなか車に乗ろうとしない私を、

信吾はじっと待っててくれた。

「もういいかい?」

「もういいよ。」

やっと乗り込み、駅に向かう。

ホームで電車を待つ間、また月を見ていた。

信吾も一緒に黙って見ている。

無言でも温かい。

母の優しい思い出が蘇って嬉しかった。

今まで冷たい母しか思い浮かばなかったから。

信吾が優しくしてくれたからかもしれない。

ずっとそばに居て欲しい。

でも、迷惑もかけたくない。

どうしたらいいのだろう。

迷ってる私の心を察するように、

信吾は私の手を取って、ポケットに入れた。

それは「いいんだよ」と言ってくれてるように思えた。

信吾の横顔は月明かりの中で、

ろうそくの光のように柔らかく浮かびあがっていた。

私は吸い込まれるように肩に頭を乗せた。

信吾は私の髪をくしゃくしゃっと撫でた。

「可愛い」と言ってるみたいで嬉しい。

無言で話すこともあるんだよね。

二人のホームに電車が滑り込んできた。

もう家に帰らなければいけない。

夢の時間は終わり。

でも、母も優しいときがあったのを思い出し、

少しは家に帰る苦痛が和らいだ。

まあ、母はまた家には居ないと思うが。

続き








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